フィリピンに移住するとなると、気になるのが生活費と仕事による収入なのではないかと思います。しばしば耳にした「月5万円あれば余裕だ」という言説はもうフィリピンでは終焉を向かえているように思います。
もちろんBGCやMakati以外の街に住んで、カレンダリアで食事をして、買い物はSM、Ayala, Robinson, Puregoldのような高級スーパーには行かないで地元の市場で買い物をするような生活であれば月5万円は不可能ではないかもしれませんが、我慢してフィリピンに住む理由がないように思います。
一方で現地人と同じレベルの生活と言った時の、その現地人って一体なにを指しているのか、話し手も聞き手も恐らく違う現地人を見ているはずなんです。日本人と同じレベルの生活と言った時に、そんなのピンキリだよというのと同じで、フィリピンの現地人と同じ生活だってピンキリです。
誰が言ったか、議論をする時にはまず定義をお互い確認しておくことが大切なわけです(オッカムだとか、その辺りの世代の哲学者だった気がします)。そこで月収から見たフィリピンの社会階層を知っておくのは極めて有益なわけですね。自分がフィリピンでどのような社会階層に属し、自分の給料がフィリピン社会においてどこに属するのか、どのような身の振り方をすればいいのか、あるいは自分がフィリピンに移住した時にはどのような生活レベルを見込むことができるのか、いろいろと疑問が解けるんじゃないかと思います。
National Statistical Coordinationによると、フィリピンでは20世帯のうち3世帯が中流階級に属し、その3分の2は都市部に住んでいると調査報告をしています。中流階級とは富裕層と単純労働や肉体労働を行う階級の中間に属し、生活のために労働をしなくてはなりませんが、知的労働を行うという特徴があります。例えばIT分野だとかも知的労働です。
さてさて20世帯のうち3世帯しか中流階級に属していないとするわけですが、生活のために知的労働をしなければならないと言ったって何の役にも立ちません。その中流階級を収入の観点から見たら、もっと色々と分かることがあるんじゃないの?ということでPIDS (Philippine Institute for Development Studies)が2022年に行った収入による社会階層を公開しています。表にして整理してみたいと思います。
社会階層 | 月収 | 日本円 (2023年3月26日レート) |
富裕者 | 219,140ペソ以上 | 527,788円以上 |
高所得者(裕福ではない) | 131,484〜219,140ペソ | 316,672〜527,788円 |
上位中間所得者 | 76,669〜131,484ペソ | 184,653〜316,672円 |
中間所得者 | 43,828〜76,669ペソ | 105,557〜184,653円 |
下位中間所得者 | 21,194〜43,828ペソ | 51,044〜105,557円 |
低所得者(貧困ではない) | 9,520〜21,194ペソ | 22,928〜51,044円 |
貧困者 | 10,957ペソ以下 | 26,389円以下 |
月5万円あれば生活できるというのは「フィリピンでは貧困には属していないが低所得者の生活であれば」と言い換えることができます。例えばカヴィテ州に住むフィリピン人女性の友人は上位中間所得者に該当しますが、まずカレンダリアで食事をすることはほぼほぼありません。ジープニーには基本的には乗らず、車を所有し、マニラ市内ではGrabを使い、毎週末にはMakatiやBGCでぶらぶら遊ぶ生活になります。Because Coffeeなどカフェ巡りなんていうのが趣味だったりします。余談ですけどもBacause Coffeeの隣はご存知のPSEで、その中にABキャピタル証券のオフィスもあったりします。
これも現地人の暮らしですから、移住するに際して必要な貯金などを計算する時には「現地人と同じ程度の生活ができる」ではなく、まず自分がどのような生活をしたいのかを決める必要があると思います。高所得者ばりの生活をすればフィリピンに10年住むのに1千万円では全然足りません。
「現地人と同じような生活レベル」というのは、恐らくオンライン英会話で接することが多いフィリピン人の生活を想定している言説であると思います。これは個人的な調査なので信憑性が低いのですが、オンライン英会話の講師をしているフィリピン人の友人に聞き回ったところ、結婚相手に求める収入は平均40,000ペソ/月でした。この数字は自分が妊娠して旦那の収入だけで生活できる最低限の数字ということですから、オンライン英会話の講師の収入は下位中間所得者に属することになります。
こんなものを探してきました。公の秘密なので公開しても怒られないと思いますが、もし記事が消えたら察してください。オンライン英会話のDMMさんはフィリピンではEngooとして知られています。その講師の一人がYoutubeで収入などを暴露しています。
Rate per class:
60 pesos per 25 minute class
25分の授業でいくら貰えるのかですが、1レッスン60ペソの給料ですね。1時間だと120ペソです。なお2023年2月の段階で”130 pesos per hour is the updated ENGOO fixed rate.”と訂正されています。1時間313円(2023/03/26レート)という計算になります。
Is there a salary Increase?
NO Salary Increase
昇給はないと言っていますが、これは僕は個人的に否定しておきたいと思います。
Is there a tax deduction?
There is a 0% tax deduction if you are able to submit COR and SR. These are requirements for tax exemption. But, there is a 10% deduction if you fail to submit COR and SD.
源泉徴収ってあるの?って話ですが、BIR Certificate of Registration (COR)などの書類が提出できれば源泉徴収されずに支払ってくれますが、書類が提出できない場合には10%が源泉徴収されます。つまり281円/時くらいの給料になってしまいます。これは僕も個人的に気になっているんですが、まずフィリピンの所得税は日本と同じく累進課税制度が採用されています。フィリピンの個人所得税(居住者)って年間所得が250,000ペソ以下だと0%なんですよね。2023年1月から所得税率が変わりましたが、250,000ペソまでは0%で、250,000ペソから400,000ペソは250,000ペソを超過した分について15%の所得税がかかります。もしこの源泉徴収が毎月されており、その講師の所得が年間250,000ペソを超えていなかったら、その源泉徴収分はきちんと年末調整だとかで講師に返っているのかは不明です。
ということで、仮に1日8時間、週5日で1時間130ペソの給料で月収を計算してみると20,800ペソ/月となります。上の表に照らし合わせると低所得者に分類されることが分かります。この数字の裏付けを取るためにGlassdoorなどでEngooの給料を見てみると次のようなデータが提示されています。
GlassdoorのデータによるとEngooのESL Tutorsの月収は21,000ペソですから、Youtubeの動画の内容は信憑性はそれなりにあると判断していいと思います。問題は10%の源泉徴収ですよね。この月収を12倍して250,000ペソを超過した分に15%の所得税がかかったとしても10%の源泉徴収は…。あまり触れないでおきましょう。会計処理にだって手数料はかかりますからね。
ということで講師の月収は低所得者に該当するわけです。そしてフィリピン人英会話講師と同じレベルの生活であれば月5万円で生活はできると言えます。包み隠さず言えば、財布の中にはいつも20ペソくらいしか入っていない、クレジットカードを持っていない、銀行口座を持っていない、SMのようなスーパーは年に数回行くくらい、ファストフードは結構いい食事に分類されるというレベルの生活です。なお注意しないといけないのは、フィリピン人は家族で住んでいる場合が多いので、一人の収入が低所得者層に属していても世帯収入で言えば5倍くらいになったりします。そのため「フィリピン人は月5万円で生活できているんだから僕も私もフィリピンで同じ生活ができるはず!」と考えるのは早計です。なにより日本の生活に慣れている人が月5万円の生活ができるかどうかは僕は懐疑的な立場です。
現地採用の給料は職種、さらに英語が話せるか否かに左右されるので一概に言えませんが、Googleの求人で検索をかけると日本人の月収80,000ペソから95,000ペソくらいが中央値だと思います。日本の大卒初任給の手取りが約18万円でフィリピンでは上位中間所得者に該当しますから、フィリピンの上位中間所得者の生活は大卒初任給での生活と考えると分かりやすいかもしれません。MakatiやBGCなど家賃や物価はそんなに安いわけではありませんし、電気代は下手すれば日本よりも高いですから、上位中間所得者の生活は大卒初任給の頃の生活レベルというのは結構いい感覚なんじゃないかと思います。Makatiとか高いところに住まなくたって地方に住めばいいじゃない=給料もきちんと下がります。
今の日本でも40代の平均月収が手取り30万円というケースがありますが、この収入ではフィリピンでも決して高所得者には入らない時代です。「フィリピン生活は月5万円あれば余裕」という考えは、そろそろアップデートしないといけない時代だと思います。なによりも現地人と同じレベルの生活と言った時に、自分の頭の中にいるその現地人は一体どのような生活をしているのか、今一度確認する必要があるのではないでしょうか。
なお国民年金の平均受給月額は約5万6,000円となっています。国民年金だけでフィリピンに移住すると貧困とは言いませんが、それなりに苦労することになるはずです。厚生年金を合わせれば月に約14万4,000円ほどとなりますから、中間所得者くらいの生活はできることになります。夢に描く悠々自適な老後の移住生活とはほど遠いですね。もちろん年金だけで移住する人は稀だと思いますが、それでも本当に年金で移住して自分が思い描いた生活ができるのか、大卒初任給の生活レベルで自分が満足できるのか、改めて問う必要があると思います。